« これから | トップページ | 感謝! »

2008年12月10日 (水)

行き着く先

P2008_1210_165016

叔父が亡くなった。

父が男3人兄弟の長男で、その下の二番目の弟。

今年の7月には、叔父の息子(僕の従兄弟)が結婚し、ニコニコしながら式に出てた。

9月にすい臓に癌が見つかる。

そして12月10日に自宅にて永眠した。

先々週、叔父に会いに行った際に腹水が溜まったお腹を見ながら、

「覚悟はしてる」

と言った叔父。

顔色も良く、激しく痩せているわけでもなく、これといって痛みも出てなかったみたいだし、黄疸なんかも一切なかった。

それでもなくなる一週間前に自宅に戻り、直前は激しい痛みを家族と一緒に戦った。

正直見舞いに行った際に、

(ホントは全然大丈夫なんじゃないか?)

って思う位に元気そうだった。そう見せてたんだろうけど。

3人兄弟の中で、一番ガタイが良くて、武勇伝も多かった叔父の死はなんだか全く信じられない。

スキューバダイビングのインストラクターであり、ショップとペンションを経営していた。

小さい時から夏休みは毎回そこに行ってタップリと海で遊んだ。

僕が今でも海が好きなのはそのせいだ。

大学卒業後の進路にスキューバダイビングのインストラクターを考えてたのも叔父の影響だったし、始めて買った車が大きな四駆車だったのも叔父の影響だった。

僕がまだ中学生くらいの頃に、真っ白の大きなランクルに乗って、後ろの荷台にはフィンやウェットスーツがかけてあって、ギアには大きなダイバーナイフがひっかけてあったランクルで駅まで迎えに来てくれたのを今でも覚えてる。しかもイケメン。

(カッコいいなぁ)

そう思った。

ペラペラ喋るタイプじゃなかったけど、最後は痛みに耐えながら、

「生きたい」

って叫んでいたという。

どういう事だ?コレは?


今回強く感じた事は、”命ははかないから大事にしないと””だから一期一会なんだ”とかそんな当たり前のような、綺麗ごとのような事ではない。

<<なんてあっけないんだ・・・>>

という事。

7月には元気でいて、病気が発覚してから3ヶ月から4ヶ月で死んでしまう。

今僕がこう書いていて、来週癌が見つかれば、4月には僕はこの世界からいなくなるんだ。

家を出て、階段から転んで頭を強打すればすぐにこの世界からいなくなるんだ。

老若男女、肌の色、何も関係なく人間なんて儚いなぁと。

必死で頑張ったヤツ、そうじゃないヤツ、結局行き着く先はみんな一緒。

だったら傷つかずに、疲れずに、苦しまずに生きた方がいいじゃん?

別に悩みながら唄ってる意味とか少なくとも百年後には無い訳だ。

人間関係に縛られて生きる必要なんて無いし。

もうこうなると誰しもが、万人が抱える悩み、

「なぜ生きるのか?」

ってトコロに繋がってしまうのである。

僕の両親は幸せな事に健康である。

でもいよいよ、親世代の親戚が亡くなったコトによって、

「さぁ、いよいよお前の番が近づいて来たぞ」

って誰かに言われてる気がする。

叔父が62歳で亡くなったので、僕が62歳で逝くと仮定すると、残りは28年。

スゴく目の前だ。

結婚もしてない僕は、息子が30歳になるのも見れない訳だ。

どうしたらいいんだろうね?

叔父さんはどう思ってる?

そんな事を思って少し笑顔にも見える叔父の眠ってる横顔を見ていた。

夕焼けは少し紫を帯びていた。


|

« これから | トップページ | 感謝! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1455490/38403557

この記事へのトラックバック一覧です: 行き着く先:

« これから | トップページ | 感謝! »